「二十四の瞳」(壺井栄)

時代は人々の暮らしに暗い影を落とし始める

「二十四の瞳」(壺井栄)角川文庫

島の岬の分教場に
赴任した大石先生。
1年生十二人は
彼女にすぐになつき、
楽しい日々を送る。
本校勤務となった4年後、
5年生に進級した子どもたちを、
彼女は再び受け持つ。
しかし、時代は人々の暮らしに
暗い影を落とし始める…。

これで何度目かの再読なのですが、
読むたびに味わい深く感じる作品です。
いたるところに
戦争の落とした影を挿入し、
当時の人々の生活が
じわじわと圧迫されていく様子を
見事に描き尽くしています。

1つめは昭和3年の時期。
まだ戦争の色が
濃くはなかった時代です。
休職している大石先生の代わりに
男先生が教える唱歌は、
「千引の岩は重からず
 国家につくす儀は重し
 事あるその日、敵あるその日
 ふりくる矢だまのただ中を
 おかしてすすみて国のため」

次章以降に漂う暗雲を予感させます。

2つめは昭和7~8年の時期。
治安維持法が、離島の小村社会にも
押し寄せている状況が描かれます。
隣町の学校の教師が
教え子に反戦思想を吹き込んだ疑いで
逮捕されるのです。
その証拠品として警察が捜している
文集「草の実」を、
大石先生が所持していたため、
すぐさま職員室で火にくべられます。
「みんなの耳と目が
 知らずしらず人の秘密を
 うかがいさぐるように
 なっているのだ」

「日本が国際連盟を脱退して、
 世界の仲間はずれに
 なったということに
 どんな意味があるのか、
 近くの町の学校の先生が
 牢獄につながれたことと、
 それがどんなつながりを
 もっているのか、
 それらのいっさいのことを
 知る自由をうばわれ、
 そのうばわれている
 事実さえ知らずに、
 田舎の隅ずみまでゆきわたった
 好戦的な空気に包まれて、
 少年たちは英雄の夢を見ていた。」

そして3つめの昭和9年、
戦争の時代へついに突入します。
戦時教育に疑問を持った大石先生は
教え子たちの卒業とともに教職を辞し、
12人の子どもたちは
それぞれの運命を歩んでいくのです。

原爆や空襲など、直接戦争被害が
扱われているわけではありません。
抑圧されていく市井の人々の姿を
淡々と描出する中で、
鋭く戦争を告発した作品なのです。
もしかしたら「名作」の肩書きに、
若い人が過剰な期待を持って
読み進めると、失望することの多い
作品かもしれません。
しかし、余計な先入観を廃し、
そこに書かれてある情景を
一つ一つ無心に受け入れたとき、
本作品の底光りするような価値を
きっと味わえると思うのです。
中学校1年生に薦めたい1冊です。

(2019.8.15)

Hiro1960さんによる写真ACからの写真

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